研磨工程

研磨工程について

刀剣研磨に於きましては下地研ぎと仕上げ研ぎに大きく分かれます。

刀剣に於ける第一印象は美しい反りとしての姿ですがその稜線に沿う平面と曲面のバランスである造形「肉置き」がとても大事です。

 

「棟」の元から先への反り成りにすっきりした抜け加減や「鎬地」の平面度。「平地」の程よい重ね(厚さ)と曲面としての「肉置き」(平肉とも言う)。

研ぎの基本は下地研ぎが一番大事なのは当然として更に仕上げ工程では刀匠が意図し鍛錬した地鉄(じがね)と刃文の魅力を最大限に引き出すのが研ぎ師の役割です。

 

ここでは下地研ぎの最終工程である「細名倉砥」から仕上げ研ぎ「ナルメ」まで一振りの脇差で主な工程毎に研ぎ分けた物を色別で「押形刀絵図」に表し説明させていただきます。画像の番号と合わせて各工程を理解していただければ幸いです。

(各画像はクリックすると拡大してご覧いただけます)

 

下地研ぎ - 1.細名倉砥(こまなぐらど

下地研ぎ最終の細名倉砥では既に姿の成形は済んでいますので

更に砥石目を除去しつつ細かにして作業は刀身に対して縦になります。

「タツを突く」と表現。押し研ぎという感じです。

 

 

前工程の中名倉砥(ちゅうなぐらど)から研磨動作、研石目は縦のみになります。

ナルメのみは横になります(後述)

 

左側は細名倉砥。右側は内曇り砥(うちぐもりど)の工程に入り刃文が見えてきます。

下地研ぎ - 2.内曇り砥(うちぐもりど)

動作として「内曇りを引く」と言い、前工程の細名倉砥とは反対に動かし砥石を効かせます。

内曇りの効果が効き出すと刃文、及び地肌が表出してくるのは天然砥石である内曇り砥でないと不可能な効果であり刀剣研磨の命という道具です。

「砥石を効かす」と表現しますが刀も主に軟らかな「地鉄」と硬度の高い「刃」の部分と大きく分かれます。

その硬い刃部も微妙に硬度差があり天然砥石の丸い粒子がその硬度差を僅かに凹凸としての高低をすり減らし乱反射の光の屈折を生み「刃文」の模様として視認できるようになります。

 

 

下地研ぎと仕上げ研ぎの違いを分別するなら下地研ぎは角形砥石

を置いて全身で研ぐ動作。

次の仕上げ研ぎ工程からは砥石を切断し各工程に沿うように細かに砕く等、加工し主に指先で研磨作業を進めます。

仕上げ研ぎ - 1.地艶(じづや)

こちらも天然砥石で職人の間では「鳴滝砥」と呼ばれています。薄く小割に加工して親指で内曇りの砥石目を除去つつ更に琢磨し、特に地肌を整えていく作業です。

 

仕上げ研ぎ - 2.拭い

拭い。地鉄に施す最後の研磨工程です。

刀匠が鍛錬の際に飛び散った火花は「酸化被膜」です。その欠片を集めて焼成して磨り潰し油で溶いて地鉄に摺り込みます。

 

 

日本刀独特の青黒い光沢は拭いによる効果です。

 

仕上げ研ぎ - 3.刃取りと磨き

拭いで刃文の部分も色が摺り込まれる為に刃文に倣って艶砥(つやど)で白くしていく作業。

 

 

刃文は白熱球を光源に透かすと輝いて浮き立って見える。

これは沸や匂いの組織に硬度差がある為に内曇で微妙にすり減った高度差が乱反射するため。

拭いを差すと地鉄と刃文の境の「匂い口」を識別できる程度です。その為、刃取りによって刃文を白くすることにより地鉄の青黒さとのコントラスト、化粧を施す。

 また「磨き」と言いまして鎬地を硬質鉄棒によりあえて潰して鏡面の光沢を出しています。色の差は磨いていない部分との境界です。

 磨きを含め印象として「地の黒さ、刃の白さ、鎬地の光沢」でより刀としての外観の華やかさを演出する。

 これら切れ味には全く関わらない独特の作業です。

 

*刀剣鑑賞に於きましては

 ・姿を見て時代を

 ・地肌を見て作刀地域、国を

 ・刃文の観察により個人の刀匠を特定

 

上記三点が刀剣に於けます鑑賞、鑑定の要諦であります。

刃文の鑑賞は上記の通り、白熱球に透かす事により良く観察でき、地肌に関しては直上の蛍光灯の光源により観察が容易ですが刀の本質的な模様を観るのはなかなか難しいです。

より良く刀剣鑑賞するには安全第一。

「他人に対し、刀に対し、そして自分も傷付けないように」

安全な取り扱い、鑑賞の所作を習得するのが最も大切な事です。

仕上げ研ぎ - 4.ナルメ

日本刀の顔である帽子の化粧である「ナルメ」

刃取り同様、研磨作業は縦に行ってきましたがナルメのみは横に砥石を効かせます。

刃取り同様に刃艶(はづや)を「ナルメ艶」として使用しますが研ぎ目の方向の違いでまた違った反射、光の印象を与えます。

 

多く存在する刀と代表的な造り込み「鎬造り」の一番大切な印象を持つ顔である切っ先として扇形に独特の曲面で平地と鎬地、棟との構成の元、日本刀としての決定的で普遍的な姿、造形への最終帰結と思っております。

武器を越えた美しさをもって美術刀剣として現在でも大切に保存されている理由だと思います。

 

結び

日本刀の研ぎは切れ味を重視すれば綿密な化粧研ぎは実際必要ではない事です。

歴史的に単なる武器ではない事は現在「美術刀剣」として存在し得る理由でありその魅力を最大限に引き出すのが「刀剣研磨」と言われる所以です。有史以来、連綿と継承されてきたこと自体、美術性を内在し化粧研ぎを施すに値する人々の日本刀に対する価値観、思いを感じることができます。

 

一振り一振りオリジナルであり質感の違う日本刀の本質を顕現する。

その為にも研ぎ師として最高の技術で答えるべく日々精進している次第であります。